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大江戸の共生とは

“江戸の庶民生活に学ぶもの” 

7月9日
江戸時代の「しぐさ(思草)」と言う言葉、現代流に言うアクションです。この江戸しぐさの「しぐさ」を、漢字にすれば「思草」と書きます。“思”は思案・思慮・思想の意味で、“草”は行為・アクションの事です、“その言い草は何だ”とか言う時の“草”と同じ使い方です。
つまり「思草」とは、その人が培ってきた考え方や思いが、その場その場で咄嗟に表れる「心構え」そのものです。日頃の心構えは、目つき・表情・物の言い方・身のこなし方などに、恐ろしいほど其の儘出て仕舞うものです。
では、前日まで上述したものに準じて江戸庶民の哲学とも言えるアクションを学習しましょう。

『お付き合い・人間関係』

封建時代といわれる江戸時代。しかし、江戸の町衆たちは見知らぬ人も仏の化身と考え、対等な付き合いを心掛けた。
礼儀正しく、しかもプライバシーを侵さず、良い市民生活が定着していた。江戸の町はルールを守ればとても住みよい町だった。現代にも通じる人間関係の達人たちの知恵から学ぶものは多い。

「年代しぐさ」/志学(十五歳)のしぐさ、弱冠(二十歳)のしぐさ、而立(三十歳)のしぐさ、不惑(四十歳)のしぐさ、知命(五十歳)のしぐさ、耳順(六十歳)のしぐさ等、江戸の町衆は、歳に応じたしぐさを見取り合って優雅に暮らしていました。
例えば歩き方にしても、志学の代は駆ける様に歩き、弱冠の代は早足、而立の代は左右を見ながら注意深く歩いた。志学の代で愚図愚図歩いていると、弱冠の代がたしなめた。
不惑の代で、若い代の積りで早足で歩いたりすると腰を痛めると言われました。
耳順(還暦)代の「江戸しぐさ」は「畳の上で死にたいと思ってはならぬ」「己は気息奄々、息絶え絶えの有様でも他人を勇気付けよ」「若衆(若者、ヤング)を笑わせる様心掛けよ」だったと言う。
六十歳を超えたら、溌溂と生き慈しみとユーモアの精神を忘れぬ様心掛けていたと言う事実は感激です。高齢化社会が近付いている今日。江戸から学ぶものは多いですね。
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