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大江戸の共生とは

“江戸の庶民生活に学ぶもの”・・・講と講中

2月18日
『講師は講の長、最も権威があった』

 江戸の町衆は「講」を手だてと言い、それぞれの出番と役割を分かち合う講を生んだ。
自分達の意見と力で講座を組み、講師を招いて一座を用意し、生活の手だてを立て、暮らしをエンジョイしていたのだ。メンバーを講中と呼び、会議を「講集会」といった。会議をする所は「講堂」、小さな会議室は「講室」といった。
 講師は「お講の長」と呼ばれる。指導者とか監督に当たる。今、講師は格が低く見られるが、これは帝大が発足する際、人材を集める為に苦心の末、教授、助教授、講師という序列を設け、かつて帝大出身者以外を政府に登用しなかった名残りだ。本来の講師の権威は高かった。
 江戸の講の講集会は全員が座席指定だった。詰りメンバーの一人一人が各自の座を持ち、そこに敷く物を座布団と呼んだ。講中全員が座布団に座った状態が講の座、講座だ。
 講座は「全座」が揃って、初めて「講」の意義である「講義」が始まる。
その為、時刻に遅れては他人に申し訳ないので、休む時は代役を立てた。因みに欠座を許されるのは、子供の急病と天変地異の折だけだったと言う。又、タバコは吸えない掟だった。
 江戸の講は原則として一ヶ月に二回開いた。その日は商売はしない、準備は明け六つ(午前6時)、茶碗を熱湯(ねえゆと読んだ)でグラグラ四半刻(約30分)煮る事から始まった。今で言えば熱湯消毒して風邪などがうつらない様にした。
江戸を良い都にする為に今、何が問題か、何をしなければならないか等、その時々で一番重要な問題を取り上げ、その手だてをした。
 因みに良い都とは、安穏無事(戦の無いこと)まめ息災(まめの様にころころしてまめまめしく働く)、幸せずくめの事(揃わないと役に立たないものが揃うことを幸せと言う)だそうだ。
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